朧なる月の如く【1】
04
この微行に供は連れぬと、ずっと前から決めていた。
それは誠実な忠臣を得てからの数年間も変わらなかったが、今回の許都入りには初めて司馬懿が同行して来ている。尤も、目下曹操の命で働く司馬懿は別件で許都に用があった訳で、曹丕の方でも滞在の目的を話してはいなかった。今日こうして城外を出歩く予定も伝えていないから、よもやこの瞬間に主が単騎戦闘状態にあるなどとは、流石の司馬懿にも想像出来ないだろう。もし知れば、警備の精兵辺りを首尾良く借り出し、直ちに殲滅作戦でも開始したに違いない。そもそも供も付けずに遠出など、司馬懿に話せば強硬に反対しただろうから、こんな火遊びは実現しなかっただろうが。
(…それとも)
密かな巡礼に重ねた想いを、語ってしまえば。司馬懿は無茶も無謀もある程度、赦すのだろうと曹丕は解っている。せめて己だけでも随行をと、そこは決して譲りはしないだろうが、司馬懿一人ならば曹丕の苦にはならない。だからいっそ良い機会かとも思ったのだが、生憎と司馬懿は今朝早くから、宮廷の書庫に篭っていた。無論、曹丕の為なら公務も我が身の安全も、何を置いても急ぎ馳せ参じたであろうけれどもまあ、ならば無理を強いることも無いか、と云うことで。
(護衛としては、然程の役には立たぬのだし…)
あくまでも文官気質な腹心の行状をあれこれ思い返して、曹丕はひとの悪い笑みを浮かべた。司馬懿の云わば人並み程度の剣技や馬術が、主の伎倆に遠く及ばないのは動かし難い事実なのだが、この場合の曹丕の悪態はある意味、照れ隠しめいたものだったかも知れない。永く頑なに閉ざしていた扉から、唯一人を指し招く様なこの心境の―――果たして当の曹丕に、自覚が在ったか、如何か。
(まあ…――何れ、な。)
とは云え今日のところは、巧い言い訳を用意しておかねば。
事情はどうあれこうも不穏な事態に帰結した以上、今回はひたすら誤魔化してしまう他は無い。それでもいつかは共犯へ巻き込む羽目になるのだろう、司馬懿の執拗い追求を躱す秘策を考え巡らせながら、曹丕は駆ける愛馬の首筋を撫でて労った。
February 27, 2007 | 10:03 PM