誓 雪 天

* 「雪待月」の続きです。未読の方はまずはそちらからどうぞ *


 吐く息が凍る。

 凭れた石壁の冷たさはもう、とうに感じない。
 見上げる角度で固定した首筋の痛みに身動ぎ、しかし背が強張って上手くいかなかった。

 酷い寒風、好き好んでうろつく酔狂な人影も無い内庭。なかでも特に人目につき難い奥まったこの場所は、今冬の厳しさが本格化してからこちら、すっかり馴染みのものとなっていた。
 こうして立ち尽くして、今日もかれこれ小一時間は経つだろうか。睨むように眺める先、厚い雲に覆われた空の、危う気な均衡は未だ崩れない。さては今回も徒労に終わるか――しろを通した微弱な光が眩しくて、かるく眼を細める。それでも容易には諦めきれず、動かせない足が未練がましい。
 今の自分は、周りからすればさぞかし莫迦に見えるだろうと、微かに笑う。立地条件の検討も、万一の為に用意した弁明も既に完璧ではあったが。きっとあの方も呆れて笑われるに違いない。それでも、そうなら良いと思えた。
 頭の芯まで痺れる感覚。思うようにまわらない唇が、知らずいつかの言葉を辿る。

「――望み、は…?」

 思い出す。然程の含意もなく、寝物語にふと訊ねた、夜。そんなもの――そう呟いた刹那、頼りなく彷徨う瞳に胸が締め付けられた。
 足りないのに――苦しいのに。本当は酷く貪欲で脆い自身を認める事が出来ない、貴方。
 望みを、願いを。口に出せば自覚してしまう、それを闇雲に畏れて。瞳を塞ぐことが唯一、身を守る術だと。そうしてただ拡がる虚穴、満たす方法も、埋め方も知らずに。無意識のまま、深く封じられた――願望ねがい

「……願いが、叶うと――」

 思い出す。吹き荒ぶ風の中ただ一人、雪を待つ姿を知った、午後。寒そうな背中を、一瞬だけ見せた子供の様な瞳を、ただ抱き寄せた。
 稚い貴方が欲しがった、雪の一片。
 もしも。この手で捕まえることが出来たなら、貴方は願って下さるだろうか。心の最奥、凍りついたままのその望みを。
 曝すことが、縋ることが不得手な、貴方。言葉にならない想いも、気付こうともしない願いも痛みも、自分だけは解ることがあると自惚れているし――全て解りたいと、思う。それでも。

 望んで欲しいのだ、私は。
 他の誰でもない――貴方自身から、私に。

 何を。何でも良い。どんなささやかな願いでも。
 気付いて、掬い上げて、渡してくれたものを叶えたい。
 畏れることなどないのだと、抱きしめたい。

 貴方の望む全てを、この手で。
 それが唯一、私の望み。――この上なく不遜で、傲慢な想いだと自覚してはいるけれど。
 少しだけ苦い微笑、如何しようもなく溢れる切なさと愛しさの促すまま、やはりもうしばらく待つことに決めて。いい加減、麻痺した指先に息を吐く。ゆっくり動かして暖め、来るべき時に備えた。
 奇蹟はまだ起きない。
 それでもそうすること自体が、彼の人の幸いを祈る儀式である様に思えて、私は飽かず、空を仰ぎ続ける。


 ――愛しい人がもう二度と、寒空の下で凍えることのない様に。


 まだ見ぬ純白の一片に、強く誓った。

雪ネタその2。一人称の司馬懿はホントよく喋る(笑)
見事に屈折した曹丕には、このくらい真っ向真剣勝負でないと!と思うのですが
この後どんだけ待ち惚けを喰らうことかと思うとまぁ頑張れ、って感じです(笑)
得手勝手イメソンはCHEMISTRY「My Gift to You」。