永 劫

「――だから、早く帰ろうと言ったのに」
 赤い夕日が、家路に馬を急がせる二人の少年を照らし出していた。
前を行くのは、家系なのだろうか、髪と同様色素の薄い瞳に宿る生気が印象的な少年である。日に灼けた面は端正だが、そこに浮かぶ表情の所為か、何より餓鬼大将といった印象が強い。少し遅れて付いて来る親友の非難めいた口調に、活闥な声で応える。
「お前それ、3回目。しつこい男は嫌われるぜ」
「計画性のない男も嫌われますよ。本当なら今頃は、とっくに家に着いていなければならない時間なんですから」
 いかにも話をはぐらかそうという意図が読み取れる返答が、手厳しく一蹴された。ぴしゃりと言い放ったその少年は、疾駆しながらも常通りの涼しげな風情を漂わせている。すれ違えば、誰もが振り返らずにいられない程の美貌だ。こちらの瞳は、うってかわって漆黒。白い肌といい、理知的で大人びた雰囲気といい、相方とはあらゆる点で好対照と言えた。
 孫策、伯符。周瑜、公瑾。
 この少年達の名前である。十の歳から、四年間。何時如何なる時も、兄弟同然に過ごしてきた間柄であった。
 この日。二人は住居のある舒を離れ、大きな市の立つ城市へと遠出してきていた。五度目の出産が近い孫策の母、呉夫人と生まれてくる子供への、贈物を買い求める為に。
「しょーがないだろ?選ぶのに時間かかっちまったんだから。どうせなら、本当に喜ばれるもんをやりたいじゃないか」
「その意見には、全面的に賛成ですけど」
 悪びれもせず言い返す孫策に、周瑜は溜息を吐かずにいられない。何から何まで、いつも通りのことではあるのだけれど。
「伯符の場合、目的を達成するまでの寄り道が多いですからね。怪しげな小刀だの、いわくありげな玉環だの。――あの使えそうもない轡は、結局買ったんでしたっけ?」
「見ろよ公瑾!キレーな夕焼けだなあっ!!」
 誰よりよく知る間柄ゆえの産物だろうか。この上なく冷静で、容赦のない程的確な指摘に汗しつつ、孫策は強引に話題を転換しようとする。何しろ否定や反論の余地が皆無なのだから、他に仕様がない。――無駄な足掻きだと、本人も痛いほど自覚してはいたが。
「そんなことで――」
 誤魔化されませんよ、そう言いかけて、周瑜は唇を閉じた。細められた切れ長の瞳に、鋭い光が宿る。
はるか前方。一台の馬車が、十数程の騎馬に囲まれている。風が運ぶ怒号めいた声が、事態の不穏さを物語っていた。――十中八九、野盗。
「――伯符」
「ああ。……最近、物騒な奴らが増えてるよなあ」
 ぴり、と。相変わらずの口調ながら、孫策の気配が怒りを孕むのを周瑜は感じた。つっこむつもりだ。間違いなく。彼の性格上、放置して置けるような状況ではない。
 勿論この期に及んで、孫策を止める気などはない。けれどどうしても、溜息まじりに諌めずにはいられない周瑜であった。――荒事好きな親友の瞳には案の定、喜びにも似た輝きが認められたので。
「――だから」
「4回目。――悪かったって。全面的に俺の所為」
 言いながらも、孫策の表情に反省の色など見えない。徐々に馬足を速めつつ、剣を抜き払う。
「詫びのしるしに、小刀でも玉環でも轡でも、何でも好きなのやるよ。だから……」
 そこで、言葉を切り。周瑜を振り返って、孫策はにっ、と笑った。
「文句は後で、な!」
 そう言い放つ不敵な笑顔には、この後予想される事態への気負いなど全く感じられない。――頼もしいことと、喜んで良いものか。
「……じっくりと、ね」
この日何度目かの溜息をもらしつつ、周瑜も白刃を構えた。

∽∽∽

 ――がつ…っ!
 かれこれ何人目だろうか。対峙していた男を馬の背から叩き落した後、すかさず剣を構え直しつつ、孫策は周囲に視線を放つ。
 横転した馬車の荷台の陰に、商人風の男が座り込んでいる。その傍らには、彼の妻らしき女性と子供が二人。遠目にも、蒼くなって震えているのが判る。
 それから、目に入るのは。その細腕からは想像し難い疾さで剣を振るう、親友の姿。馬車を背後に庇うような格好で、対手をさばいている。気を張り詰めているようではあるが、その挙措はいつも通り冷静であった。
 ――まかせておけば、大丈夫。
 その様子に満足げな笑みを浮かべながら、孫策は次なる獲物を求めて馬首をめぐらした。彼らの足元には既に、戦闘不能となった野盗達が十人ほどころがっている。残るはあと、ほんの数騎。――いける。
「く、そ…っ!何なんだこの豎子どもはっ!?」
「豎子で、悪かったなあ。自尊心が傷付いちまったか、オッサン?」
 首領格とおぼしき男の、驚きと口惜しさと混乱を露にした台詞を不敵に笑い飛ばして、孫策が駆ける。巧みな手綱さばきと、毅い閃光の切先。とても逃げ切れるものではない。
「もっとも、死ぬ程くだらねー自尊心だけどなっ!」
 そうして。また一つ、呻き声が上がった。

 ――楽しそうに、まあ。
 相方の気配を感じながら、周瑜は苦笑せずにいられない。依然数騎に囲まれていながら、あの今にも口笛でも吹き出しかねない風情は、どういうことだろう。
 もともと、三度の食事よりも手合わせが好きな孫策のことである。当然と言えば当然かもしれなかった。まして、弱者を大勢で脅かすなど、彼の尤も悪むところであったから。
 敵の三分の二あまりを孫策が引き受けたため、周瑜は馬車を守ることに専念できた。このあたりの呼吸は、心得たものである。周りに残った最後の一騎を牽制しつつ、周瑜は背後を窺った。四人とも泥にまみれ、蒼白になってはいるが、大した怪我はないようである。
 ――よかった。
 二人が通りかからなければ、積荷は勿論、彼らの命すら危うかった可能性がある。時世の所為か人心は乱れ、残忍な犯罪すら珍しいものではなかった。
 ――伯符の寄り道癖のお陰、ということかな。
 尤も、口に出しては言わないが。――彼の相棒は、甘やかすとすぐ調子に乗る。
 僅かに微笑って。すぐに表情を引き締めると、周瑜は残る一騎に向かった。二合、三合。ひときわ大きな金属音と共に、相手の手にした剣が宙にはじかれる。
「ぐあ…っ!」
 ――これで、最後。
 慌てて馬首を返そうとする男に。とどめの一撃を、と剣を返した周瑜の視界の隅に、小さな人影が映った。――子供。母親にしがみ付いていた筈なのに。先程の音に驚いたのか、泣きながら飛び出してくる。それは丁度、男の馬の進行方向。
 ――このままでは。
 そう思うと同時に、周瑜は動き出していた。躊躇することなく、自らの馬を相手のそれにぶつけた。立ち竦む子供の手前で、二頭の馬が均衡を失って横倒しになる。――各々、その騎手を巻き込みながら。
「――っ!!」
「公瑾っ!?」
 衝撃を全身に感じ、呼吸が止まる。
 親友の叫び声を聞いたと思った、その瞬間。周瑜の意識は、途絶えた。



 ――声が、聞こえる。
 力ある声。惹きつけられる。……誰?

 ――私を、呼んでる……?

「――公瑾!」
 うっすらと瞳を開けた親友に、枕元の孫策が声をかけた。
 あの後。
 残りの賊を速攻で片付けた孫策は、馬車の主人に頼んで、意識を失ったままの周瑜を舒へと連れ帰ったのだ。そうしてそのまま二日間、一睡もせずに付き添っていたのである。
 己の呼びかけに視線を動かす相手に、安堵の笑みを満面に浮かべつつ、孫策が続ける。
「心配したんだぞ。頭打ってたみたいで、いくら呼んでも返事しないから。どっか、痛いとことかないか?」
「……ここ、は……?」
「お前んち。待ってろ。今、母君呼んで来てやるから」
 立ち上がろうとして。親友の様子がおかしいことに、孫策は気付いた。どこが、とは言えないが。――そう……違和感、というか。
「……私の…家……」
「……公瑾?大丈夫か?」
 気遣わしげに覗きこむ茶色の瞳に。戸惑ったような声が、静かに応える。
「『公瑾』――。それは…私の、ことですか…?」
「な――…!?」
 まだ朧げな気配を残す相手の瞳に、知らない相手を見るかのような視線を見て取って。孫策は、愕然と立ち尽くした。

∽∽∽

 ――物忘れの、病。
 自分の主治医だという、見知らぬ医師の言葉を、周瑜は繰り返した。
 何もかもを。彼は、覚えていなかった。
母だという女性も、生まれ育ったという家も。――自分が、誰なのかということすらも。自分の素性についての説明は一通り聞いたものの、周瑜という名前すら、耳慣れずにどこか居心地が悪い。
 ともすれば泣き出しそうな母や、心配げな家僕達に頼み、周瑜は一人部屋に閉じこもっていた。皆が親身になって気遣ってくれているのはわかるが、だからこそ何も思い出せないことが申し訳なく思われる。自分のことすらわからないことへの不安は勿論強いが、皆を心配させていることの方が、彼には苦しかった。
 ――どうすればいい。
 いくら考えても仕方がないことはわかっている。自分が記憶をなくすことになった原因すら、よくわからないのだから。周瑜は、深い溜息を吐いた。その時。
「――若君。起きていらっしゃいますか?」
 扉の向こうから、家僕の気遣わしげな声が聞こえた。声が暗いものにならないように気をつけながら、周瑜が応える。
「あ、ええ。何か?」
「伯符さまが――孫家の若君が、太君の元へいらしております。……お会いになられるかと、思いまして」
「孫家の…」
 ――『孫策』どの。今回、行動を共にしていたという。
 会って話を聞けば、何か打開策が見つかるかもしれない。
「――今行きます」
 そう言うと、周瑜は静かに立ち上がった。


「――俺の所為だ。どれだけ謝っても足りない。――本当に」
 ぎゅっと、拳を握り締めて。うつむく少年の顔に浮かぶ、常には考えられない程痛々しい表情に、夫人は心を痛めた。――この事態がどれ程、この活闥な少年を傷付けたろう。
「……それは違います、伯符どの。貴方と行動を共にしたのも、野盗と闘ったのも、全て公瑾の意思。どうか、自分を責めないでください」
 優しい声で、孫策を労わる。息子の大切な友人。出来るならほんの少しだけでも、その苦しみを和らげられるように。
「でも、俺が――」
「貴方達がいなければ、その家族はどうなっていたか。――公瑾の病も、治らないとは限らないのですから」
「でも…っ!」
「――母…上」
 その、少年が。尚も苦しげに言い募る様を、見ていられなくて。周瑜は思わず、部屋の入り口から声をかけていた。はじかれたように、孫策が振り返る。
「公瑾……」
 向けられる、茶色の視線。
 ――この、瞳だ。
「……御話中に、申し訳ありません」
 意識を取り戻して。一番に視界に焼きついた。――この上なく印象的な、光。
「もしよろしければ――伯符どの・・・・と話をさせていただきたいのですが。構いませんか?」
 その光に、何故か落ち着かない気持ちを感じながら。それでも周瑜は、瞳を逸らすことが出来なかった。

∽∽∽

「――あの、家族な。大した怪我もなく、家に帰ってったよ。子供も無事」
 周家の、よく手入れされた庭を歩きながら。孫策は周瑜に、事故の顛末を話していた。
「……お前に、ありがとうってさ」
 話の最後を、孫策がそう締めくくる。
「――そう、ですか……」
 けれど。事の次第を聞いても、周瑜には何の実感も湧いては来なかった。僅かな希望が絶たれ、表情を曇らせた周瑜を見やって、孫策が呟く。
「……本当に、全部忘れちまったんだな……」
 沈んだ声に、周瑜は我にかえった。辛そうな表情。痛い程に、自身を責めているのが判る。
「お前を巻き込んだ。俺の所為だ。――ごめん」
「違います!」
 考えるより先に、周瑜は叫んでいた。先刻もそうだったが、この少年にこんな表情をさせるのはいたたまれなかった。――胸が、苦しくなる。
「母上がおっしゃっていたように、全て『私』が選んだことだったと思います。だから……!」
 ――だから。
 言いかけて、周瑜は口を噤んだ。何の記憶もない、こんな自分が何を言っても、気休めにすらならないだろう。
「……ありがとうな」
 自分が情けなくて、唇を噛む周瑜の肩に手を置いて、孫策が口を開いた。
「俺、何でもするから。――絶対治してやるから、心配すんな」
「伯符どの……」
 少し表情を和らげた孫策の声は真剣で。強い意思と、固い決意が感じ取れた。


 家にいるよりは、何かのきっかけになるかもしれない、と。二人は連れ立って、馬を走らせていた。
 初めて会った通り。喧嘩をした川辺。よく手合わせをしたという草地。けれど、相手が案内するどの場所も思い出も、周瑜の記憶を呼び起こしてはくれなかった。
「――すみません…」
「気にすんなって。んじゃ、次はあそこだ」
 一向に、諦める様子もなく。巧みに馬を操り、とって返す孫策を、周瑜は斜め後ろから改めて見つめた。
 孫策、伯符どの。十の歳から、兄弟のように接してきた相手。
 意識を失くしていた自分の傍に、ずっとついていてくれた。
 目覚めた時に見た彼の笑顔は、忘れられない。全身から喜びが溢れ出すようだった。どれだけ自分のことを心配してくれていたかが、わかる。
 ――『私』の、親友。
 けれど、今。窺い見たその表情は、苦しげな様子でこそないものの、どこか張り詰めたような険しさが感じられて。
 ――違う。
 この少年には、もっと別の表情が似合うと、周瑜は思う。例えば、輝くほどの生気に満ちた。その瞳に宿る、毅い閃きそのままの。なのに。
 ――私の、所為…か。
 再び胸に息苦しさを感じて、周瑜は俯いた。その、背中に。
「――伯符!公瑾!」
 かけられた声に、後ろを振り返ると。数人の少年達が、馬で駆けて来るところだった。
「お前ら…」
 孫策の様子からして、どうやら友人であるらしい。やはりどの顔にも、見覚えはなかったけれど。
「怪我したって聞いて、丁度見舞いに行くところだったんだけど。もう大丈夫なのか、公瑾?」
「え、ええ…」
 戸惑う周瑜の曖昧な返答に、彼らは安堵したようだった。笑って続ける。
「そりゃあよかった。なら、一緒に釣りに行かないか?すごい穴場見つけたんだ」
「……あの……」
 誘いの言葉に。事情を説明すべきかと、重い口を開いた周瑜を。
「――悪い。まだちょっと、本調子じゃないからさ。また今度誘ってくれよ」
「………」
 遮るような形で口を挟んだ孫策を、周瑜は見つめた。――今のは。
「そっか。――じゃ、またな」
「無理するなよ、公瑾」
「――伯符どの……」
 友人達の姿が小さくなるのを見送って。周瑜の呼びかけに、孫策が応える。
「――キツいだろ、心配されるの。お前、そーゆーの気にする性質タチだから」
「―――」
 ごく自然に。当り前のことのように、発せられた返答。
 ――理解って、くれている。
 胸が熱くなる。――何故だか、泣きたいような。
「疲れてないか、公瑾?平気なら、もーちょっと廻るぞ」
 言って、踵を返す孫策の背中に。
「……ありがとう、ございます」
 周瑜は、小さく呟いた。

∽∽∽

 広い館中に、微かに琴の音が響く。
 この上なく美しく、流麗な音色。確かめるまでもなく、誰が弾いているのかわかる。澄んだ旋律は、不測の事態に暗く沈みがちだった館の雰囲気を、確かに和らげていった。
 ――以前の『私』も、楽を好んでいたそうだけれど。
 生来の嗜好なのだろうか。こればかりは記憶の有無にかかわらないのだなと、周瑜は苦笑する。演奏技術も、以前と全く変わらない。――奏でる音は、常になく切ないような響きを帯びていたけれども。
 あれから、もう五日。
 日参してくれる孫策との努力にもかかわらず、事態は一向に好転していなかった。焦りにも似た、もどかしい気持ちとは裏腹に、ただ時間だけが過ぎていく。
 何より。日毎に険しさを増す孫策の気配が、周瑜は気になっていた。
 相変わらず――いや、益々熱心に手を尽くしてくれる相手が時折見せる、苦しげな表情を思い出す。
 何故か。母の涙や、家僕達の労りよりも、それは胸に痛くて。
 その度、何も思い出せない自分の不甲斐なさが苛立たしくて――情けなくて。泣いてしまいそうに辛い。なのに。
 いつも、気付けば孫策を見ている自分を、周瑜は自覚していた。
 そんな自分に戸惑いながら。今も、こうして琴を弾きながら相手を待っている。誰よりも毅い瞳を持つ、少年を。
 ――どんな、関係だったんだろう。
 近頃。事ある毎に周瑜の頭をよぎるのは、そんな問いだった。
 彼は、『私』は。互いのことをどんなに想っていたのだろうか。
 ――だめだ。
 原因不明の息苦しさに。思考はいつも、ここで中断する。溜息混じりに、軽くかぶりを振って。気を取り直すと、知らず止めていた手を再び弦に滑らせた。その時。
「――公…瑾?」
 家僕に通されたのだろうか、開け放たれた扉の向こうに孫策が立っていた。――いつから。そう聞こうとして、周瑜は唇を閉ざす。こちらに向けて見開かれた瞳に、ある期待の色が浮かんでいるのを認めたので。ちり、と胸が痛むのを感じる。
「――いらっしゃいませ、伯符どの」
 以前と同じように琴を弾く周瑜に、記憶が戻ったかと思ったのだろう。相手の返答に、茶色の瞳が僅かに翳る。
「………ああ。邪魔して悪いな」
「いいえ……」
 ――しっかりしろ。
 息苦しさを堪えながら、周瑜は微笑してみせた。それは、幾分ぎこちないものであったけれど。
「……弾けるんだな、琴」
「ええ。――身体が、憶えているみたいです」
 ふうん、と孫策が首を傾げた。その表情が、ふいに暗い翳を帯びて。低い呟きが、無意識に唇から零れる。
「忘れないんだな。――そういうのは」
「伯符、どの?」
 聞き取れずに尋ね返す周瑜の言葉に、我に返って。孫策は激しくかぶりを振った。
 ――何を、言おうとした。俺は。
「――いや、何でもない」
 強張った笑みを浮かべつつ、孫策が続ける。
「で。今日はどうする?なんなら、あの日の格闘の場所まで行ってみるとか――」
「あにうえっ!」
 努めて明るく切り出した声が、遮られて。
 見れば。孫策の背後に小さな人影が認められた。
「……な…っ、権!?」
「え……」
 話には聞いていた。今年七歳になるという、孫策の弟。黄金の髪に、碧の瞳を持つ。
「お前、一人で…?てゆーか、何しに来たんだよ!?」
「公瑾が、いったの。らいしゅうのきょう、きんをきかせてくれるって」
 突然の来訪に驚く兄を他所に、孫権はけろりと応える。にこにこと笑いながら、周瑜に駈け寄ってきた。
「ねえ、公瑾。やくそくしたよね?」
「――私、は……」
 翡翠のような瞳に、至近距離から見上げられて。思わず周瑜はうろたえた。
 そんな周瑜の様子に、子供特有の直感が働いたのだろうか。眉を顰めた孫権が、不審そうに尋ねる。
「……どうしたの?どうして、わらってくれないの?」
「――権」
 孫策は、舌打ちしたい気持ちにかられた。この年頃の子供に、記憶喪失などと言って納得させられるわけがない。――どうすれば、いい。
 咄嗟に誤魔化すことも出来ず、周瑜は言葉を吐き出す。途切れ途切れに――苦しげに。
「……すみ…ません。憶えて、いない……」
「え…?…ぼくのこと…わすれちゃったの?」
 悲しみと不安を、隠そうともしない瞳。罪のないその視線に責められているようで、周瑜は堪らず目を伏せた。――胸が、苦しい。
「どうして?どうしてわすれちゃったの?おもいだしてよ」
「よせ、権」
 兄の、搾り出すような制止の声にも構わず。今にも泣き出しそうな瞳が、続ける。

「――おにいちゃんは……公瑾じゃ、ないの?」
「―――っ!」

「権!!」
 周瑜の呼吸が、止まる。それと同時に発せられた孫策の鋭い声に、とうとう孫権が泣き出した。
「……やだよう。おもいだして。おもいだしてよ、公瑾……」
 この上なく重苦しい空気の中。孫権の泣き声だけが、ただ響く。どれ程の時間が経った頃だろうか。永遠に続くかと思われた沈黙を、孫策が破った。しゃくりあげながら、尚も悲痛な声で嘆願し続ける幼い弟の肩を抱く。
「……帰るぞ、権」
「やだぁ、あにうえぇ」
「――いいから。行くぞ」
 その肩にしがみついて泣く弟を、柔らかく抱え上げて。孫策が諭すように繰り返す。食い入るように見つめながら。周瑜はそれを、どこか遠くの世界の出来事のように感じていた。
「……伯符、どの……」
「……悪かったな、騒がせて。もう、帰るから」
 やっと紡ぎ出した声に、力なく歪んだ笑顔で応えながら、孫策が踵を返す。
「でも――……」
 その表情に、胸が潰れそうな痛みを感じながら。周瑜は彼を、引き止めずにいられなかった。けれど。
「……もう、いい」
「―――伯」
 孫策は振り向きもせず、静かに呟くのみで。
 見開かれた黒曜の瞳が、絶望に染まる。
 ――いいんだ。
 ただ繰り返す孫策の背中を、呆然と見つめたまま。
 立ち竦む周瑜はそれ以上、声をかけることが出来なかった。


 それから、数日間。
 周瑜の元を彼が訪れることは、なかった。

∽∽∽

 泣きじゃくる弟を抱えて、孫家の長男が周家を辞してから、三日目の夜。
 月光にその秀麗な面をさらしつつ、周瑜は一人、回廊に佇んでいた。
 状況は、相変わらず。呼ばれる名前や、母や周りの人間との関わりに、随分慣れてきてはいたけれども。このまま記憶が戻らなくても、何とかやっていけるのではないかと、思えたりもする程に。
 ――ただ一つの、例外を除けば。
 あれから。一度も姿を見せない少年を、周瑜は思う。振り返ることのない、後姿を。
 ――『公瑾じゃ、ないの?』――
 孫権の、あの言葉。衝撃で息が出来なかった。核心を――認めたくなかった真実を、衝かれたと思った。

 ――思い知らされてしまった。
 私はもう、『私』じゃない。
 彼の――彼の兄の知る、『公瑾』じゃない。

 だから、仕方ないのだ。
 『親友』が、離れていってしまったとしても。

「――覚悟は、していたつもりだったんだけどな」
 もういい、と。突き放されたような台詞に、目の前が暗くなった。馬鹿だなと、周瑜は自嘲する。
 記憶を。そんな彼の願いに応えられなかった自分に、何を言う権利があるだろう。
 柱に頭をもたせかけながら、周瑜は自らに言い聞かせるように呟いた。
 ――よかったのだ、これで。
 孫策が見せた、苦しげな表情を思い返す。孫策が以前の『自分』を求めるのならば、共に居たところで彼を傷付けるだけなのだから。それに。
 幸い、以前の記憶はない。今の周瑜にとって、孫策と過ごした時間はたった数日間のみなのだ。だから。
 ――だから、大丈夫。忘れてしまえばいい。
 忘れ、られる。
 前科があるのだから、私は。

 罪の、これが罰なのだろうかと。
 ぼんやり考える瞳に、悲痛な光を宿らせて。
 胸に去来する途方もない喪失感を、周瑜は持て余さずにはいられなかった。

∽∽∽

 締め切った室内は、昼間でも充分暗い。どこか遠くを見ているような表情のまま、孫策は膝を抱えて座っていた。
 あれから。
 館どころか自室からも出ようとしない少年に、孫家中の人間が心を曇らせざるを得ない。普段、まるで生気の塊のように活闥なこの嫡男の変調は、館中の灯を消してしまったかのようであった。
 孫策とて、らしくないことは充分承知している。周瑜はきっと、この間のことを気に病んでいるだろう。もっとちゃんと、謝らないと。そう思う。けれど。
 ――会えない。
 会えば。何を言ってしまうか、わからないから。
 瞳が伏せられ。眉が苦しげに歪む。固く握り締められた拳が、小刻みに震えた。

 あの時。
 泣きじゃくる弟の言葉に、殴られたような衝撃を覚えた。
 あれは、間違いなく自分の本心。
 ――嫌だ。思い出せ、と。
 あのままでは、叫んでしまいそうで。逃げるように部屋を出た。
「――畜生」
 いまいましげに呟いて。孫策は荒々しく、茶色の髪をかきまぜる。
 やりきれなかった。
 親友が、自分を忘れてしまったことが。
 どうしようもなく苦しくて、切なくて。
 何故。そう叫びたい気持ちが育っていくのを、どうすることもできなかった。相手を追い詰めるだけの。責めるだけの――傷付けるだけの、言葉。
「……ガキみてぇ」
 かつてないほどの自己嫌悪。吐き気がする。
 こんなことになったのも、そもそも自分の所為で。
 何より。一番辛くて、もどかしくて。苦しいのは周瑜なのだと、わかっている。――筈、なのに。

 それでも。
 公瑾が、俺を。俺を忘れるなんて。
 嫌だ。
 ――嫌なんだ。

「……ちく、しょう……っ」
 吐き出される悪罵。自分への、痛い程の。熱く、苦いものがこみ上げてくるのがわかる。息が出来ない。――苦、しい。

「――あにうえ…?」
 何時の間にか。薄く開いた戸口から、遠慮がちに声がかけられる。
「……権」
 招くように手を伸ばしてやると、その不安げな表情が少し和らいだ。ゆっくりと近寄って、兄の顔を覗き込む。
「いたそうなかお、してる。ないてるの?」
「……そうかもな」
 自嘲にも似た苦笑を漏らす兄の、常とは違いすぎる口調と眼差しに。翡翠の瞳が、揺れて翳った。
「…あれから、ずっとへん。ぼくの、せい?」
 ごめんなさいとうつむく孫権の背を、孫策はそっと抱いてやる。この弟は、人一倍敏感で繊細なのだ。
「……馬鹿。お前の所為なんかじゃない」
 慰めるように、出来るだけ柔らかく語りかける。こんな小さな弟にまで、心配させてしまうなんて。
 ――本当に、最低。
「俺の所為だ。――全部」
「あにうえ…」
 絞り出すような声に不安になった孫権が、兄の肩にしがみついた。あの日のことを思い出したのか、とぎれがちの涙声が発せられる。
「公瑾は、公瑾じゃなくなっちゃったの…?」
「……権。あいつは――」
 ――あいつは。
 なんとかうまく。言葉を捜していた孫策の、表情が固まる。一瞬、雷を受けたように感じた。体が動かない。
 周瑜の笑顔を思い出す。綺麗な。――申し訳ないという風情の、少し翳った。
 俺を、忘れたって。
 なら。今までと違うのか?あいつじゃなくなるのか?

 行儀良くて、楽好きで。……馬鹿みたいに気ィ使いで。
 ――どこが、違う?

 あいつは、あいつだ。
 そこにいるのに。
 ――なくしたら、なんにもならないのに。

「…あにうえ?」
 どこか別世界に行ってしまったかのように。一点を見つめたまま黙り込んだ兄に、孫権が気遣わしげな視線を送る。それに応えるでもなく、孫策の唇から、知らず呟きが漏れる。
「――馬鹿だ、俺」
 もやもやとした気持ちが、晴れた訳ではない。今でも胸は苦しいけれど、それでも。

 ――会いたい。

 会って、話して。それからだ。
 深呼吸を、一つ。閉じていた瞳が開かれる。
「行ってくる。――ありがとな、権」
 何が起こったのか解らず。まっすぐ見つめてくる弟の頭を、少々乱暴に撫でて。
 かるく微笑うと、孫策は立ち上がった。

∽∽∽

「――伯符どのを、待っているの?」
「…母上」
 振り返ると、美しい微笑を湛えた母親が立っていた。
 回廊に佇み。無意識の内に、門の方を眺めやっていた自分に気付く。周瑜の形のよい唇から、微かな苦笑が漏れた。
「最近いらっしゃらないから。寂しいですね」
「……当然のことなんです。あんなに心配してくださったのに、それに応えられなくて。だから」
 寂しげな微笑を湛えつつ、冷静な声が応える。それが悲痛なほどの努力による産物だと、彼女にわからない筈がなかったけれど。
「――仕方が、ない」
 これで、よかったのだから。心の中で、周瑜は呟く。
「……では、忘れられるの?」
「――!」
 自分に言い聞かせるような言葉を、静かにきりかえされて。少年は、思わず息を呑んだ。
「伯符どのとは、出会わなかったのだと。――そんな表情をして、平気である筈などないわね?」
「……」
 母の言葉に、周瑜はうつむく。
 ――忘れられると、思った。思っていた、けれど。
 どうしても。
 あの瞳が、声が。胸を掴んで離さない。たった数日間のことなのに――どうして。

「……公瑾。望みのままに行動することは、我侭ではないの」
 黙り込んだ息子の肩にそっと触れて。彼女は続ける。
「それは、幸せになる為の努力よ。――求めるものが、本当に心から必要とする存在なら尚更だわ」
「母、上……」
 黒曜の瞳に、常にない不安げな光が揺れる。
 ――でも。
「……怖い、んです。――私は」
 力ない声が、紡ぎ出された。そこには、自責の響きが感じられる。
「何も、憶えていなくて。以前の自分が、どんな人間だったのかさえわからない」
「公瑾」
「きっと私は、母上たちの知っている『私』じゃない。だから……」
 ――怖い。
 違う、と。お前など要らないと。
 あの毅い瞳に、言われるのが。

 どうしようもなく会いたいと願うのに。――どうしようもなく、怖くて。

 苦しげな孫策を、見るのが辛い。傷付けたくない。
 そう思う気持ちと同じくらい。――もしかしたら、それより強いかもしれない、怖れ。
 なんて、勝手な自分。
 嫌に、なる――。

「――ねえ、公瑾」
 言葉を途切れさせ。引き結んだ唇を噛み締める息子を痛ましげに見つめると、彼女は優しく声をかけた。労わるように、その髪を撫でる。
「どこへ行ったとか、何をしたとか。思い出というのは、それだけではないのじゃないかしら」
「え……」
「伯符どのにお会いして、強く感じたものがあるのなら。それは貴方の中に、確かに何かが在るからだと、私は思いますよ」
 忘れ難いと。――離れ難いと、切ない程に思うなら。
「―――」
 見上げた周瑜の瞳が、大きく見開かれた。
 母の声は優しく、とても強くて。
「苦しいのでしょう?ここで、こうしていることが」
 その瞳を真っ直ぐ見つめて、彼女は続ける。
「何が一番辛いのか。自分が、どうしたいのか。貴方も、わかっているのでしょう?」

 苦しい。
 誰より、あの人を思い出せないことが。辛そうな表情をさせることが。
 怖い。
 『私』と違う、私が。
 ――けれど。

「――母上」
「成すべき事をなさい、自分の為に。それが私の――伯符どのの望みだわ」
 ふわりと。この上なく柔らかく、優しく微笑って。
「何時だって。貴方は、貴方なのだから」
 彼女は、息子を抱きしめた。

∽∽∽

 周家と、元は周家の別宅だった孫家とは、本当に目と鼻の先にある。これ以上ない近道でもある大通りで、ばったり出会った二人の少年が向かい合っていた。
「……もしかして、俺の所へ?」
「……伯符どの、も?」
 互いが互いの家に行こうとしての偶然だったのだが。何となく間が抜けているようで、孫策が思わず失笑する。
「――なんか、さ。色々考えてたんだけど。お前に会ったら、どーでもよくなっちまった」
 今まで張り詰めていたものが、ふいに融けてなくなったような気がして。
「本当、どうでもいいことだったんだ。俺達、今こうしてるんだもんな」
 くくく、と。こらえきれずに笑い続ける相手に、周瑜も表情を和らげる。――途方もない、安心感。
「今まで、ごめん。俺って、ほんと大馬鹿」
「――いいえ。謝るのは私の方です」
 明るい、それでも真摯な口調に、周瑜は静かに首を振った。
 ――傷付けるかも、知れない。
「以前の私には、戻れないかもしれない」
 ――怖い。今でも。
「このままの『私』を、貴方は望んでいないかもしれない。でも」
 失望させて、落胆させて。否定されるのではないかと。それでも。
「私は、貴方と一緒に居たいんです」

 ――それでも。
 例え、勝手な我侭だったとしても。

 貴方と、離れていたくない。

「許して、くれますか?」
 真っ直ぐに見つめてくる、澄んだ瞳。そこに感じられるのは、強い決意と切なる願い。一瞬、惹きこまれるように孫策が目を見開く。
「……ばーか」
 そうして。
「そんな、わかりきったこと聞くなよな!」
 親友を軽く小突く孫策の満面には、常通りの笑顔が戻っていた。


「――わあ…」
「どうだ?いい眺めだろ」
 舒郊外の、小高い丘の上。そこに聳える大きな木の上に、二人の少年の姿があった。
「ここが俺の、一番好きな場所。他にも色々あるけど」
 気持ち良さげに遠くを望んでいた瞳を、隣の親友に戻して。孫策がにっ、と笑う。悪童めいた表情。――何てこの人らしいんだろうと、周瑜は微笑まずにいられない。
「お前には、全部教えてやる。ありがたく思えよ」
「謹んで」
 恩着せがましい台詞に笑いながら。少しおどけたように、周瑜は応える。
 相変わらず。目の前に広がる風景に、見覚えはない。けれど、自分がこの場所をとても気に入っていたであろうことを、彼は疑わなかった。
 隣に孫策がいる。この場所を、この時を、大切に感じていたに違いない。――今の自分と同じように。
 ――惜しい、な。
 ふと。遠くを見つめる瞳が細くなる。
 何より今が大切なのだと理解ってはいても、悔やまずにいられない。どうしても――どうしようもなく。
 何故、忘れてしまったんだろう。

「――まぁた、余計なこと考えてるだろ?」
 その気配に気付いたのだろうか。少し怒ったように、孫策がこちらを見ていた。
「……いえ、その」
「そーんなに気になるんなら、いいこと教えてやる。いつだったか、伯海が言ってたんだけどさあ」
 言いよどむ周瑜ににじりよると。人の悪い笑みを見せて、言う。
「似たような衝撃が、記憶が戻るきっかけになることもあるかもって。――荒療治だけど、お前試してみる?丁度ここ、結構な高さあるしさ」
「ちょっ…!そんなの、成功するとは限らないでしょう!?」
 肩を掴んだその手に。ぐいと、今にも力を込めそうな勢いの孫策に、周瑜は抗議する。そんな相手の言葉を、笑い飛ばして。
「ダメもと、って言うだろ。いつまでもそんな、シケたツラされてちゃたまんねーよ」
「伯符どの……」
 茶色の瞳が、真っ直ぐ見つめてくる。毅く、輝く光。傲慢な程の。――この、瞳だ。
「会ってまだ、四年しか経ってない。失くしたんなら、この先四年で取り返せばいいんだ」
 ――私の、欲する存在もの。誰よりも、何よりも。
「まだまだ、時間は山程あるんだからさ」
「―――」
 力強く言い放つ、生気に満ちた笑顔に。魅せられたように、周瑜は言葉を失くす。
 ――きっと。
 この四年間。ずっと、そうして過ごして来たのだろう。相変わらずの、それでもかけがえのない日々。何ものにも変え難い。
 ――取り戻したい。何時よりも今、そう願う。心から。
 親友の為に――何より自分の為に。
 二人で掴んだ全てを、ひとつとして手放したくない。
 全てを、

 ――忘レ得ル筈ナド、ナイノニ。

「―――え……?」
 刹那。
 自分の頭に響いた声に、周瑜の体が強張る。
 ――今。
「……?おい、公瑾――っと」
 呆然と固まった相手を、気遣うように身をのりだそうとして。
 ぐらり、と孫策が平衡を失った。
「……げ。ちょ、やば…っ」
「――!危な……」
 我に返って、孫策を支えようとする周瑜だったが。体重差は如何ともし難く。
「馬鹿、離――」
伯符・・…!!」
 そのまま。
 二人の少年は、派手な音を立てつつ落下していった。

「――まあ、なんてゆーか」
 地上に激突して、しばしの時間が経過してから。
 軽い擦り傷と打ち身に疼く身体をさすりながら、孫策がうそぶく。
「地面は柔らかかったし、大した怪我はないみたいだし。運いいよなあ、俺達って」
「もっとよければ、落ちたりすることもなかったでしょうね」
 自分を無理矢理納得させようという意図が見える台詞に、冷静なつっこみが入る。
「……離せって言ったぞ。俺は」
 文句言うなら、付き合って落ちてくるなよ――そうぼやく孫策に。
「これ位は、言わせてもらわないと。約束ですから」
「え?」
 くすりと笑う周瑜の端正な唇には、どこか悪戯っぽい微笑が浮かんでいる。不可解な台詞に、孫策が聞き返した。その表情に、更に笑みが深くなる。
「『文句は、後で』。――そう言ったのは、伯符だったでしょう?」
「――おま、え…!?」
 記憶が、と。これ以上ないくらいに大きく見開かれた瞳に、応える代わりに。周瑜は笑みを含んだ口調で続ける。
「…それから。いただけるのでしたら玉環を。あれが一番、まともそうだ」
 少し照れたような。この上なく透き通った綺麗な笑顔と、いつも通りの憎まれ口。
 ――戻って、来た。

「――だーっ、もう!何でもやるって言ってんだろ、この馬鹿っ!!」

 唯一無二の、相手を。
 孫策は力の限り、抱きしめずにいられなかった。

やっぱり記憶喪失ネタは基本ですよね?的な。
大人になりきらない「少年」達って本当にキラッキラ眩しいですよね!素晴らしい!!←
あと「かぜ江」ハマってた頃に書いたんで、色々とそんな感じの影響が濃いです(笑)