――子桓さま。

 薄暗い室内。
 声をかけようとして――口を噤んだ。
 窓際に、一人。
 解けた髪。薄物一枚の姿でひとり佇む彼の人を、月光が静かに照らし出す。
 白磁のようなその肌は、常よりも透き通って――蒼くすら見えた。
「――仲達か…」
「……はい」
 こちらを見ようとしないままに、発せられる声。
 月に目をやったまま、続ける。私にと云うより、おそらくは自らに向けて。
「――言う通りだ、植の。父上の思惑も何もかも、知っていて黙っていた…」
 静かな声。――苦しい程の、切なさを帯びた。
「……そうして、傷つけた。――罰、だな…」
 端正な面が、歪められる。自嘲的に。
 私は無言のまま、彼に近づく。
 自らの上衣を脱いでその肩を被い、そのまま背後から包み込んだ。
 相手がそっと、身を預けてくる。
「どうして…こうなんだろうな、俺は――」
「―――」
 口を、開きかけるが。続く言葉を飲み込み、ただ彼を抱きしめた。


 知らなすぎるのだ、この人は。
 自分の魅力を。
 自分を欲する者の存在を。
 狂おしい想いの果てに、その者が選んだ末路を――。

 私には、解る。
 彼の者の心が――望みが。
 決して、貴方を憎んでいるのではないと。
 そう、言えば。
 貴方は救われるのかもしれない。けれど。


 その時、貴方は。



「仲達…?」
 見上げてくる、美しい瞳。
 いいえ――私は、静かに瞳を閉じた。
 そうして、彼を抱く腕に力を込める。


 これは、罪。
 貴方を癒したいと思いながら、貴方が傷ついたままであるのを望む。
 唾棄すべき背信。貴方の心を裏切って。
 罰せられるべきは、私。
 それでも。
 それでもどうしても、望まずにはいられない。
 どうか。
 いつまでも、この腕に。


 罰など恐れない。――下れば良い。許しを請うつもりはない。その資格も。
 欲しいのは貴方だけ。



 ――それだけが、望み。

「愛染賦」の続き、植と別れた直後の司馬懿。
同じものを――唯一人を望む二人、ということで。