春の日の午後である。
優しく煌る陽光、頬を掠めて撫でる南風、瑞々と芽吹く草木の匂い。
日溜まりの園亭、彩る薄紅色は一面に朦朧
平素どれだけ無粋無風流な人間であろうとも、知れず心浮立たずには居られない美しさ。況して傍に在るのがこの上も無く愛しい相手だと云うのならば、尚更。
ことん。
不意に感じる微かな重みが、穏やかな幸せに浸っていた司馬懿の鼓動を昂ぶらせる。書面から肩口へと視線を送れば其処には、慣れた艶やかな髪の色。預けられた感触にざわめく浅薄な期待、けれど覗き込んで容易に知れた現実に、司馬懿は内心苦笑した。
「―――また、夜更かしなさいましたね?」
「……ん、ああ…」
驚かさぬ様にと殊更、柔かく訊ねてくる声に。
空空
「昨夜は筆が良く進んで…つい、な」
小さな欠伸を語尾に被せた多才なる公子の、それは目下一番の趣味。父弟共々、繊巧典麗を讃えられる詩文のみに留まらず、文壇評や果ては巷の胡乱な怪異譚に至るまで蒐集しては手懸ける有様であった。司馬懿と過ごす間や床についた後でさえ、名句が浮かべば出抜けに筆を走らせる曹丕なのである。ここまでくると趣味と云うよりも殆ど、魂と不可分の性なのだろう。
「それで徹夜で書き物ですか」
「夜明け前には少し寝た」
「全く……子桓様の御楽しみは存じ上げておりますが」
精一杯の渋い顔で溜息をひとつ。無造作な仕草が淡い瞳を傷付けてはと、危ぶんだ手を捕って司馬懿が諌める。
「余りに過ぎる様では。御身体に障ります」
「ならば小言など引っ込めて休ませろ。枕は喋らぬものだぞ」
「………光栄ですな」
誠心からの諫言にも、一向に堪えた様子が無いのはまあ、大方の予想通り。
不毛な会話を素気無く打ち切って、曹丕は司馬懿の胸へと徐に、深く凭れ寄せた。
本格的に眠る体勢に入った様だ。もう一度深い溜息を吐いた司馬懿の鼻腔をふわり、花よりも芳しい馨が掠める。邪魔な冠を解くのに乗じ髪を梳き弄る司馬懿の仕草にも、細い身体は既に全てを委ねて身動ぎもしない。無理も無い事ではあるだろう、この寿ぐべき麗らかなる季節は、心地良く緩怠な眠りを誰にも運んでくれるものだ。……そして、忠実なる臣下へ思わぬ幸運も。
「今宵は見張りに参らねばなりませんね。あるべき時間にきちんと御眠り頂かねば」
「目が冴えて…そうそう寝られるものか…」
まるで子守唄の様に。耳元で低く響く声音に、半ば微睡み惚けた悪態。
確かに今眠ってしまえば、晩には睡郷もさぞや遠かろう。そしてまた夜通し机に向って――悪循環だ。
「御心配無く」
けれど。
「夜半迄には恐れながら、起きて居られない様にして差し上げます」
―――快眠には適度な運動こそ肝要かと。
厳かに言上してみせる忠臣の心得顔が、閉じた瞼にも明白に想像出来て。
薄れ浮遊していく意識の中、曹丕は思い切り眉を顰めた。
テーマは春と桜とラブラブです(笑)
フリー配布画 にくっつけてたSS。やっぱりいちゃいちゃピンクっていいよね!←