SCENE 4
















「――お待ち下さい、子桓様!」
「――――…」
 細い通路の天井に、仲達の切迫した声が響く。
 双方闇雲に駆けた先が、資料室や倉庫の集まる人気の無いエリアだったのは幸いだったろう。
 元来何かと衆人の目を引く二人である、でなければ今頃すっかり社内中の注視と噂の的となっていたに違いない、恰好の。
 とは云えさしあたり、今の当人達にすれば如何でも良い事で、とにかく相手の先へと必死に疾駆する他はない。
 15センチ以上という身長差、ストライドの違いは仲達に分があるが、反射神経、俊敏さ、身体のバネに若い体力と、基本的な運動能力は子桓が上回る。本気で逃げる子桓になかなか追い付けないのは当然で、下り階段にさしかかる相手の背中に仲達は焦った。――その体躯故に、小回りは不得手なのだ。
「――っ…失礼!」
 短く言い捨てると、遅れた仲達は階段の手摺へと手を掛ける。そのまま意を決して跳躍、思わず振り仰いだ子桓の頭上を越えてその目前、1階下の踊り場へ着地した。
「……!」
 僅か怯んだ子桓が身を翻すより一瞬先、仲達の腕が伸びて白い手首を捉える。華奢な肩を抱く如く強引に胸元へ引き寄せ安堵の深呼吸、走った所為と云うだけではないだろう、乱れた呼吸と動悸を如何にか整えて、長身の男は出来るだけ平静を装い問いかけた。
「――申し訳ありません。お怪我などは」
「……離せ、何でも――」
「ないという表情ではありませんよ。……如何なさいました、何があったのです?」
「――――…」
 脇へ逸らした視線を逃すまいと、覗き込んでくる宵闇色の瞳。その眼差しは子桓に対する限り真直ぐな誠意と情熱に満ちて、こんな風に見つめられるといつも酷く困ってしまう。誤魔化す事すら難しい気がして、子桓は唇を噛んだ。

 ――何、って。
 大した事じゃない。包みひとつ見つけただけ。
 だけど。


 肩を包む掌に込められた力が、気遣う様に少し緩むのが解っても、逃れる気力は既に無く。
 固い表情、俯いて黙ったままの子桓の耳へ届く、小さな溜息。
「――私にも、話しては頂けないことなのですか」
「――――…っ…」
 心外だと、傷付いた様な嘆きは悲愴を帯びて、それだけに一層子桓の気に障る。鋭く呑んで吐いた息と共に、抑え切れない詰責が微か零れた。
「………人の事が言えるのか、お前だって」
「…………子桓様?」

 ―――止せ。
 子桓の頭の隅、理性が告げる。何も云うな、この場は遣り過ごして機会を窺えば良い。
 ……否、誰の目にも留まらずに元の位置に戻すなんて不可能だ。
 そう不可能なのだ、例えば全くの部外者が本人に気付かれる事なく、抽斗に何かを入れるとか、そんな事は。

 ならば。


「子桓さ――」
「触、るな…っ!!」
「!」 
 瞬間的に沸騰する意識。
 感情のまま、相手の手を乱暴に払い除けた拍子、子桓の抱えた紙袋が落下した。中から零れて覗いた藍色リボンの包みに、仲達の視線が釘付けになる。
「――これ、は…」
「――――っ」
「どうして、子桓様が――」
 ……もう今更、取り繕う気にもならない。
 明らかな動揺を見せる相手へ吐き捨てた、声が震える。
「………お前だって…何も、言わない癖に………」

 そう、なのだ。
 ならば。それならば。

 その包み、受け取ったのも抽斗に入れたのも。
 まるで奥へ隠す様に、
 酷く特別な、大切なものみたいに仕舞い込んだのも――仲達おまえ自身。


 だから。

 だから俺は。



「…子」
「…―――のだ…」

 ――駄目だ、と子桓は思う。
 もう気付いてしまった。ずっと消えなかった、澱の正体。

 これは。




「誰のなんだよ、これ…っ……!?」
















 ―――これは、嫉妬だ。






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