SCENE 3
















『何故それを、子桓様がお持ちなのです?』
 ――不可抗力だ。急いでいたから、書類に紛れて。

『先程、仰って下されば宜しいのに』
 ――タイミングが悪かった。ただ、それだけで――…


 当然予想され得る問いに対して用意した回答を、頭の中で何度も反芻しながら。
 紙袋と書類を携え、子桓はオフィスへと向かっていた。足取りは重かったが、それでも同じ建物内のことである。すぐに目的地に到着してしまい、子桓は途方に暮れたが、自分が何故途方に暮れているのかは解らない。
 戸口越しに伺えば、同僚の呉季重と何やら話し込む仲達の姿が見える。目下移転計画が難航している、飲食テナント店舗展開の件だろうか。声をかける気にもならないまま、止まることなく動く唇をしばらくぼんやり眺めた。

 決まりが悪いのは当然だ。先の弁解――でしかないだろう、やはり――に説得力の欠片もないことは自覚している。自分でもよく解らない、不可解な行動の結果に生じたこの事態を、相手に納得させようというのがそもそも無理な話なのだ。
 ――それでは。
 持ち出した時と同様、こっそり返しておけば良い。包みが無くなっていることに、まだ気付いていないかも。
 それは頗る名案に思えたが、然程広い訳でもないオフィスである。忙しい職場なので、全くの無人となる時間も少なく、必ず人目につく。長時間残業するなどと言えば、仲達がサポートを申し出るのは明白だったし―――

 ―――って…でも、それなら…?――


 善後策を半ば必死で練るうちに。ふと思い当たった思考に、子桓の肩が小さく痙攣した。その拍子、触れていたガラス扉が立てた微かな物音を耳聡く聞きつけて、若干険のある視線が何気なしにつと上げられる。
「………子桓、様?」
「―――…!」
 慌てて身をひいた子桓の動きは俊敏そのものだったから、おそらく仲達の目が恋人の姿そのものを捕らえることは出来なかっただろう。それでも仕事もそこそこに、追ってくる気配を感じて、子桓は後ろも見ずに駆け出した。
「子桓様!」
「何だ何だ、喧嘩かぁ?」
 一瞬、呆気にとられた後。滅多にない事態を揶揄う季重の言葉は勿論、どちらの耳にも届かなかった。





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