「―――陛下」

 砂塵を巻いた風が、噎せる様な血の匂いを運んで来る。 
 燻んだ視界で其処だけ、切って抜いたが如く。
 凛と蒼いその背中へ、司馬懿は馬を降り近付いた。

「敵将首は其処だ。検めるが良い」

 殊更に後方を顧る素振りも無く、愛刀を濡らす紅を拭いながら。
 足元に転がった幾つもの首級を、白い顎が無造作に指し示す。
 これだけの量質、一介の武人にすれば当分、名誉も恩賞にも事欠くまい。
 しかし讃うべき戦果をちらりと一瞥したのみで、司馬懿は苦い視線をそのまま主に向け直した。
「…本陣にお留まり下さる様、進言させて頂いた筈ですが」
「聞いたな」
「ならば何故なにゆえ御自ら突出なさるなど……緒戦如き、我等にお任せ下さいませ」
 あくまで慇懃な口調と物腰。
 それでも忠言と云うよりむしろ、詰る様な印象を余人に与えるのは偏に司馬懿の不徳の致す所と云えようが、この場合は些か無理からぬ事態でもあった。
 口角を少し持ち上げて応えた曹丕が、直截な諫奏にさして不興を示さないのはけれど、臣下の心情を殊勝に斟酌したが故でも無かったが。


 ――総大将、敵陣にて交戦中。

 司馬懿が危急の伝令を受けたのは布陣の前線、敵補給拠点の堅固な抗拒をようやく突破したその最中。
 寝耳に水と取り急ぎ、自軍へ指示のみ残して駆け付けてみれば、主は殆ど護衛も付けず既に単騎、砦を二つ三つ制圧した後だった。
 この若き主の、技倆も自負にも過不足が有る訳では無い。
 しかし戦場では時に、実力では無く些細な偶然や不幸が個々の命運を左右する。
 覇王曹操亡き後、新たな時代を築き始めた曹魏王朝にとって、曹丕の身に何か有ろうものならそれは致命的な打撃であると、怜悧な若者に解らない訳もまた無い筈であった。
「そちらの攻勢が見えたのでな。挟撃には良い頃合だろう」
 如何やら聞き流していた訳でも無かったらしい、けれど弁解という態ではまるでなく。
 事も無気にさらりと投げた曹丕の答えは確かに事実。
 曹丕の出陣を契機に戦局は動いた。ここが先途、周辺拠点を制した友軍が今頃は、四方より敵本陣へと大挙している筈。既に趨勢が決した以上、陥ちるのも時間の問題だ。
 機を捉えた急襲は成程流石だが――とは云えそれとて、他の武将が先陣に当たれば良い話ではないか。今後の事も有る、矢張り此処はきつく戒めておくべきだろう。
「ですが」
「お前の戦は慎重に過ぎる。良い加減厭きると云うのだ、つまらん」
 それに――糾弾を弛めない司馬懿を軽く往なし、涼しい顔で曹丕は続ける。


「その面…周章辟易する様など、滅多に見られぬ趣向だからな」


 それは心底愉し気な風情、此方もまた確かに椿事ではあったのだが。
 賞するより前、思わず眉を顰めた軍師に皇帝は一層、人の悪い笑みを深くした。

曹丕週間 より、テーマは「楽」。←タイトルまんますぎてひどい。
マジ楽しそうです曹丕様。司馬懿は大変そうですけど!(笑)
実体験に基づきレポ漫画参照)超絶アクティブ皇帝陛下を書きたかった訳で。
なのでここ多分街亭ステージ
退屈凌ぎに司馬懿を揶揄ってるんだよアレ絶対。 ホラ困れ困れ、みたいな(笑)