「―――退け、仲達」
吐息の混じる距離、微かに動く其の唇。
人影も無い回廊の隅、壁際へ追い詰めた主の、造形の妙を改めて鑑した。
憎悪も親懇も況してや愛執も、表に顕すこと甚だ少ない怜悧な公子。
瑠璃玉の如く素気無い筈の瞳はしかし今、稀にも確かに玼やかな表情
其れは苛烈に凍て付く怒り。
射抜く眼光だけで屠られる様な錯覚。
けれどぞくりと背を奔る感覚が惧れでは無いと、既に識っている。
「致し兼ねます」
「…斬り裂かれたいか」
「為されたい様に、」
為さいませ。
逡巡も無く云い放てば、不快気に顰められる柳眉。
主の思考は読めている。
私に利用価値が有る内は、一時の感情で切り捨てなどしまい。
そうして不要と成れば僅か逡巡もしないのだろう、予測では無く全くの確信だ。
互いに諒解済みの不文律。厳峭なる関係性。それでも。
冷たくも麗しいこの存在に。
確かに潜む激情にただ刹那、触れられるのなら良いかも知れぬ。
精緻な打算の裏側の、愚昧極まるそれは衝動。死に至る甘い白昼夢
持て余して堪らず、細い頤を引き寄せた。