幽 蒼

「…ああ、ほら」

 それは全く、ほんの戯れ。
 月光にひかる肩が何故だか不意に頼りなげで、放り投げておいた上着を被い掛けてみた。ちらりと流されるだけのいつもの視線に、笑って応える。

「赤。似合うって、子桓」

 朱色基調の衣服は期待以上に、滑らかな肌に照り映えた。綺麗だと素直に感嘆するのと同時に、一度は治まった筈の欲望が騒ぎ出す。どうにもそれは先刻触れた、淫らに染まる裸体の意外な熱を思い出させて。
「このまま攫って帰るかな」
「江の南の僻地へか」
 浮かれた睦言は素気無くあしらわれた。草地に敷いた外衣の上、伏せて寝そべる情人はいかにも億劫だと、そんな雰囲気。
「ひでェな。結構いいトコだぜ、土地柄大らかで喰い物旨いし」
 冷淡な態度にもすっかり慣れて、今更怯みはしない。絡めた髪に触れる唇、ここぞとばかりに口説いて誘う。
「美人も多い。ま、子桓ほどの傾城、滅多にねぇけど」
「ふん」
 擦り伸ばした腕を、するりと躱し。
 立ち上がるしなやかな肢体、浮かぶ白さにまた少し息を呑む。
 足元に落ちた、赤い衣には気も留めずに。不穏な台詞を彼は余りに自然に、淡々と口にした。

「ならば国ごと、奪うとしよう」

 惜しげも無く晒した裸体を、蒼い綾羅が覆っていく。
 深い深い蒼。肌の雪白が透けて溶けて、一層際立って見えた。

「折角の故郷だ、精々大事に護るが良い。……戯言など、吐く暇も有るまい?」

 皮肉などではなくてそれは恫喝。
 冷酷に妖艶に嘲笑わらう佳人が纏う、寒宵の空の色。
 誰彼構わず惹き込んで捕えて、そのくせ全てを拒絶する。

 解っている、
 これこそが矢張り彼の色で、
 ただ彼の為だけに誂えられたかの様に馴染んで、


 ―――けれど。




「……結構…マジなんだけど、ね」


 あんた全然、幸せそうに見えないから。






 名残も惜しまず、闇に消えていく背中。
 届ける事のない想いは一人、苦笑で紛らわせた。

越境すみませんな凌統×曹丕。凌統視点でどうぞ。
多分どこかで偶然会って済崩しに関係しちゃって以来、戦の前とか
示し合わせた訳でもなく(でもお互い何となく探したりしてさ)逢引きしてたり、みたいな?
でもきっとラブとかじゃない感じです。カラダだけ。惰性感。←

このSSの続編的な懿丕漫画は こちら から。(※丕受お題/別窓)