藍 き 花 の 都 * 序 章

 花の都フィレンツェ。
 イタリアはおろか、全ヨーロッパ屈指の活気と絢爛、洗練を称えられる都市を、あまさず見晴るかすことの出来るこの丘。多忙な日常の中、暇さえあれば訪れる気に入りの場所で独り佇むとき、彼の瞳は得も言われぬ表情いろを湛える。その青灰色の瞳が映すのは、彼の分身とも言うべきこの都の姿、或いは未来。――それとも。
「―――ロレンツォ」
 突然の呼びかけに。気付いてはいなかった筈だが、さして驚いた様子も見せず、彼はゆっくりと振り返る。先刻までの捉え難い表情は消え失せ、彼特有の悪意のない、人を食った笑みが浮かんでいた。
「無粋だな。丁度、秀逸な詩句が浮かんだところだったのに」
「ほう。今度はどこの奥方に宛てた恋歌だ?」
 大方、花守人の目を眩ます方法でも企んでいたのだろうが。
 そう当てこすれば友人は、ご明察、と快活に笑った。
「流石は、我が愛すべき友人殿。大いなる友愛の前には、どんな虚飾も偽りも無力――と云った所かな?」
「年の功、というべきだな。思えば長い付き合いだ」
「偉大なる神の次、大恩ある親の前にか?」
「麗しき美の女神ミューズの次、性悪なる娼婦の前に、さ」
 ああつれなきかな。我が友においてはこの綺縁、些か食傷気味とみえる――毒のない揶揄を弄びくつくつと笑う相手の横顔に見つめながら、思わず叫びたい衝動にかられる。

 ―――嘘、だ。
 本当は何も、自分は理解ってはいない。

 ひどく陽気で明朗な、人好きのするこの相手が、有する翳。こんな風に時折、一人になろうとする。
 気のいい悪ふざけ仲間を離れ、家族にも知られずたった一人で。本来いっそ畏れるほどに孤独を嫌うこの友人を、どうしようもなく独りにさせるものの存在に、自分は気付いている筈だ。
 それでも。
 それでも、何も出来ない。背負う何か・・を、取り除いてやる事が。――こんな時いつも思い知らされる、無力さ。
  普段、些細な事ですぐ俺を頼っては泣きつく癖に。本当にぎりぎりの処になると、お前は全部抱え込んでしまうから。それが義務とうぜんなのだと信じて、笑って隠してしまう。だから誰も知らない、気付かせない。
 その瞳が、心が抱えるもの。苛むもの。
 お前を捕らえて離さないそれ・・を、本当には理解してやれないのだ、誰も。――――俺も。
 なのに、こんな風に。したり顔で隣にいる自分に、吐き気がする。

「…………馬鹿が」
「え…?」

 相手にか、自分にか。吐き捨てるように小さく呟いた声を聞きとがめて、ロレンツォが振り返った。応えることなく、ただ見つめ返す。自分は今、どんな表情をしているだろうか。逆光で相手には見えないだろう事を、信じてもいない神に感謝する。
 お前が、話したくないと願うなら。隠しておきたい想いなら、問い詰めはしない。それが正しい事なのか、本当に良い事なのかは知らない、それでもそれが、お前の望みなら。

 ただ。
 お前は、知っているだろう?
 俺がその孤独やみに気付いていると。いつでも、共に在ることを望むと。
 ――それが、救いになるかはわからないけれど。

「―――かもな」
 くすり、と。長い沈黙を破ったその瞳に、惹き込まれる。垣間見えるのは計り知れない多くのもの、抱えるそれは重く。それでも。
 彼の眼差しは穏やかに強く、静かに澄んで。……何もかも全てを、受け入れようと。
「帰ろう、アントニーナ」
 こうして結局いつも、俺ばかりが救われる。自責と安堵の交じった苦笑をひとつ、前を行く相手の後に続く。追い付くことは出来ないかもしれない、それでも、離れはしない。



 いつだって、俺達は知っている。
 何があっても。俺がその青灰ひとみから、目を逸らすことはないと。

ルネサンスと呼ばれる時代。数多くの優れた学者、芸術家を迎え、育てることになる
この花の都(フィオレンツァ)がその名の通り花開くのは、 巨額の富と行動力、天才的な政治的才覚、
何よりその人間的魅力――快活さ、大衆的な社交性、巧みな弁舌をもって
豪華王(イル・マニフィコ)」と讃えられたロレンツォ・デ・メディチをまさしく擁した時期であった―――。

と云う訳で大好きなロレンツォ様話です!キャー!!
全く色々と勉強不足なので巧い説明なんて出来ませんごめんなさい(笑)
興味ある方は辻邦生「春の戴冠」藤本ひとみ「逆光のメディチ」あたり読んでみて下さい。
もうほんとにかっこいいのよー!